工数ビジネスの限界

情報システムの開発や運用では、作業量に応じて費用を支払う「工数ビジネス」が一般的です。このような業務を担うシステムインテグレーター(SIer)は、作業量に応じて人員をユーザー企業に提供し、その人員の1日や1カ月といった作業期間に応じた「人件費」を収益の源泉としています。

 このような事業は、売り上げや利益を伸ばすために、できるだけ多くの人員を高い人件費単価(単金)で提供しなくてはいけません。単金の高低は、提供される人員の実績やスキルに依存します。従って、仕事ができる優秀な人員であれば、高い単金でお客さまに提供できます。

 しかし世の中、優秀な人員ばかりではありません。そのため、売り上げや利益を確保するには、できるだけ大量の人員を提供し、ボリュームを稼ぐことが事業の目標になります。ただし、これは効率と相反関係に当たります。効率が悪ければ工数が増え、工数が増えることで必要になる人員が増える。結果として売り上げは上昇します。

 もちろんそのように増えた人員の単金は低く抑えられてしまいます。それでも稼働率が維持されれば、そういう人材の原価は比較的安いので、SIerは売り上げと利益を確保できます。

 手間や時間がかかり、成果を挙げられないとなると、ユーザー企業にとっては困った話です。しかし必要に迫られ、とにかく「開発しなければならない」ユーザー企業にとって、効率の悪い人員であっても受け入れざるを得ない状況に追い込まれることがあります。そのため、効率や品質の低い人員を大量に増やす状況でも仕事が成り立ってしまうのが、工数ビジネスの現実なのです。

 しかし、工数ビジネスは限界が見え始めています。

 理由の一つは、このような効率や品質の低い人員に仕事を頼まなくても、安い費用で情報システムの構築や運用が可能になったからです。これは、クラウドコンピューティングの普及や、自動化のための製品、サービスが充実してきたことに起因します。

 さらに、このような仕組みを前提に、ITを競争力の源泉として積極的に活用しようとするユーザー企業が増えています。競争力の源泉となれば、そのノウハウを社内に蓄積するのは当然のことで、おのずと内製化が進みます。また、技術力を高めている新興国に業務を委託する「オフショア開発」も広がりを見せています。

 高度な技術や経験の蓄積を求められる業務では、そのための能力を持った人員の需要がなくなることはありません。しかし代替可能な業務範囲は広がっており、結果として、単金の上昇に圧力がかかっています。この圧力は、今後ますます強くなっていくでしょう。

 一方で、若者人口の減少が、人員の確保を難しくしています。SIerにとって、「商品となる人員が確保できなければ、売り上げも利益も確保できず、業績を伸ばすことができない」という構造的問題を抱えることになります。

 これに追い打ちをかけるように、「労働時間を短縮せよ」という社会的、政治的圧力が高まっており、ますます工数の拡大が難しくなってきました。

 新たに若者を従業員として確保できなければ、既存の従業員を使うしかありません。しかし既存の従業員は、高齢化しつつあります。そうなると、定期的な昇給が必要になります。単金が頭打ちの状況で定期的な昇給が必要となれば、原価率は上昇し、利益を圧迫することになります。

 このように、単金の上昇を抑える圧力、原価を押し上げる圧力が同時にかかっているのが、今の工数ビジネスの現状なのです。

 工数需要は、工数提供者であるSIerが生み出せる余地は少ないため、他人任せとなり、変動は予測しにくい。つまり、「自分たちのビジネスの未来を自分で描くことができない」ということでもあり、経営者にとっては、何とも厳しい現実といえます。