DX概説

先日、ヤフーがファッション通販サイト「ZOZOTOWN」を運営するZOZOを買収したことが大きな話題になりました。これまでのヤフーの収益は広告が主体でしたが、ZOZO買収により電子商取引(EC)をもう一つの柱にすることを狙っています。ヤフーは10月上旬をめどに約4000億円もの金額を投じて、ZOZOを連結子会社化とすることを目指しています。

ZOZOは、2000年にインターネット通販を手掛けてから、アパレル販売を中心に急成長を遂げました。2019年3月期の商品取扱高は3200億円を超え、またZOZOTOWNの年間購入者数は800万人以上と、アパレルの通販サイトでは他の追随を許さない堂々の1位です。

ZOZOはどうして急成長できたのでしょう。それは、今回テーマとして取り上げているデジタルトランスフォーメーション(Digital Transformation:DX)によって市場に変革を起こしたからです。DXについては、ここではまず「デジタルを利用した変革」ぐらいにとどめておきましょう。ZOZOは、若者に人気のあるブランドを多く取りそろえることに徹底的に注力しました。この結果、試着できないために通販には向かないとされていたアパレル市場においても、売り上げを急速に拡大することに成功しました。これまでは店舗を見て歩き購入する若者の行動を、ZOZOは一変させたのです。まさにデジタルを使って変革を起こしたのです。

これからの企業経営には、DXが欠かせないという風潮が多く見られます。例えば、マイクロソフトとIDCがアジア15カ国・地域の1560人のビジネス意思決定者を対象としてDXに関する調査を行ったところ、DXは2021年までに、日本のGDPを約11兆円増加させると推測しました。また、DXの「リーディングカンパニー」は、「フォロワー」と比較して2倍の恩恵を享受するとしました。

重要性を増しているDXですが、DXという言葉自体の定義には、人によって様々な解釈がありそうです。そこで今回は、DXについて改めて入門編として解説します。DXが目指すべきこと、そしてなぜ重要性が増していて、どのようにして実践すべきなのかを考えてみましょう。

DXの定義とは?

15年前にスイス人の大学教授が提唱したDXという概念

DXの発祥は2004年と15年前に遡ります。スウェーデン・ウメオ大学のエリック・ストルターマン教授がその概念を提唱しました。曰く、「ITの浸透が、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる」。ただし、この概念だけだと実際に企業としてDXをどのように生かすべきか、具体的にイメージがつきません。

ちなみに、デジタルトランスフォーメーション(Digital Transformation)は頭文字をとれば、「DT」と略されるのが素直なように感じます。英語圏では接頭辞「Trans」を省略する際にXと表記することが多いため、「Transformation」が「X」に代わり、「Digital Transformation」⇒「DX」と表記するようです。

2018年経済産業省が日本で定義した企業にとってのDX

そこで、日本人に向けてもう少しわかりやすくDXを説明したものとして紹介するのが、経済産業省が2018年12月にまとめた「デジタルトランスフォーメーションを推進するためのガイドライン(DX推進ガイドライン)」における定義です。DX推進ガイドラインは、「DXの実現やその基盤となるITシステムの構築を行っていく上で経営者が抑えるべき事項を明確にすること」そして「取締役会や株主がDXの取り組みをチェックする上で活用できるものとすること」を目的としています。この中でのDXの定義は以下の通りです。

「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」

この定義では、企業という言葉が出てきた分、私たちが取り組むべきことがわかりやすくなってきました。DXは単に製品やサービスを変革するだけでなく、企業文化までを変えて、取り組むべき覚悟が必要であることを示しています。ただし、企業の役割を考えると、この定義だけでは足りません。いくらDXを実現したところで業績が悪くなってしまったら、だれのための改革かわかりません。企業としてはやはり利益の追求が必要でしょう。したがって、先のDX推進ガイドラインの最後に、「それによって企業として安定した収益を得られるような仕組みを作ること」を加えると、よりDXの定義が明確になると思います。まとめるとDXの定義は以下となります。

「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること。それによって企業として安定した収益を得られるような仕組みを作ること」

アマゾンから学ぶDX事例

「行動」「知識」「モノ」がDXでデジタルに置き換わる

次にDXの本質をより深く知るために、DXの事例を見ていきましょう。

・「行動」をDXに

冒頭に紹介したZOZOの例は、若者の購買行動を大きく変えました。ZOZOと同じ小売の分野でDXの事例を探すと、何といっても世界中に変革を起こした米アマゾン・ドット・コムが挙げられます。アマゾンが、その巨大なECプラットフォームを構築したことで、ユーザーはどこにいても何でも好きなものが買えるという環境が得られました。買い物に行くという「行動」を完全にデジタルに置き換えたのです。シアーズやトイザらスといった米国の大手小売業が破綻しましたが、アマゾンが実践したDXによる影響が少なくありません。

・「知識・経験」をDXに

アマゾンのECサイトの個々の商品のページには、「よく一緒に購入されている商品」や「この商品を買った人はこんな商品も買っています」といったタイトルの下、関連が高い商品が掲載されています。これは、今では多くのECサイトでも実施されているレコメンド機能といい、類似したユーザーの購入情報に基づいた商品や、ユーザー自らの過去の購入情報、あるいはこの両手法を合体させてハイブリッドでユーザーに適した推薦商品を自動で表示します。

アマゾンは、このレコメンド機能を実装したサイトの先駆者として知られています。店舗の店員のように、個々のユーザーに応じて商品を推薦する機能をサイトに実装し、ユーザーの行動をさらに活性化するという点で、DXといえるでしょう。この場合、ユーザーが次に何を欲するかという、これまでは店員の「知識」や「経験」から生み出されてきたことを、デジタルに置き換えたといえます。

・「モノ」をDXに

アマゾンが、消費者の行動に変革を起こしてきたのはこれだけではありません。アマゾンの本業はEC事業ですが、動画配信などのデジタルコンテンツの提供も行っています。映画などの動画を自宅で見るためには、これまではブルーレイディスクやDVDを購入するか、あるいは借りてくる必要がありました。動画配信により「モノ」を買ったり借りたりするという必要がなくなり、デジタルに置き換わったわけです。

これまで、アマゾンを例にとってDXの本質を見てきました。DXで成功している企業を分析すると、アマゾンと同様に、「行動」「知識・経験」「モノ」のいずれか、あるいはこのうちのいくつかをデジタル化し、変革を実現している例が多いようです。

経済産業省が警鐘を鳴らす「2025年の崖」とは

現在、クラウドやAI(人工知能)、IoT(モノのインターネット)など様々なデジタル技術が進化し、それに伴って多くの企業がDXの実現に向け動き出しています。そしてこの動きを政府が後押ししています。経済産業省は、2018年5月に「デジタルトランスフォーメーションに向けた研究会」を立ち上げました。DXが強く求められる一方で企業によっては、ITシステムの老朽化や、それに伴うITシステムの保守・運用コストなどの課題に直面しているとの声も聞かれます。

DXレポートが与えた企業への衝撃

同研究会では、まず現状のITシステムに関する課題の整理とその対応策の検討を行い、同年9月に「DXレポート~ITシステム『2025年の崖』の克服とDXの本格的な展開~」という報告書をまとめました。そして、その内容に対して衝撃を受けた関係者が多くいたといいます。

何に衝撃を受けたのか。それは、各企業が抱える既存システムに関して、①老朽化した既存の基幹システムがDXを推進する上での障壁になる、②2025年までにシステムの刷新をしないと、それ以降、年間で最大12兆円の経済損失が発生する可能性がある――と具体的な数値を出しながら、警鐘を鳴らしたからです。

冒頭に紹介したマイクロソフトなどの調査では、DXの導入により、日本のGDPは2021年までに約11兆円増えるとしました。一方、このままのシステムでは、2025年に崖を迎え、多大な経済損失が発生すると政府はまとめました。政府が民間企業のシステム導入に口を挟むのは異例といえますが、レガシーシステムに固執することへの危険性を伝えると共に、DXの重要性を示したといえるでしょう。