量子コンピュータ応用 数年後には化学への応用が可能に

量子コンピュータが最近大きな注目を浴びています。量子コンピュータは、ミクロの世界を支配する量子力学の原理を応用したコンピュータで、電気信号のオンオフを基礎原理とした現在のコンピュータ(この分野では「古典コンピュータ」とも呼ばれる)を遥かに上回る計算能力を秘めています。昨年の10月にGoogle社が「量子超越(=古典コンピュータを超える計算速度)を実現した」論文を公表し、大きな話題となりました。この論文では、ある命題について最速のスーパーコンピュータを使っても1万年かかる計算を、量子コンピュータはわずか200秒で解いたという内容が書かれています。その命題とは「量子コンピュータの動作をシミュレートする」という、ある意味ハンデ戦なような内容であり、実用的な意味を持つものではありません。しかしそれでも、量子コンピュータが古典コンピュータを超越し得ることを示したこの論文は、わずか1分足らずの飛行時間だったライト兄弟の偉業になぞらえて、高く評価されています。

 ライト兄弟の飛行からわずか5年後には、もはや彼らでは太刀打ちできないほど高性能の飛行機が次々と開発されていったように、量子コンピュータも遠い未来を待たずに大きく発展していくことが期待されます。英国・中国・欧州・米国に続いて、我が国でも量子コンピュータが国家戦略の重要分野として位置づけられ、また大手メーカーを中心に、一部の民間企業でも未来を見据えて量子コンピュータの研究を開始しています。特に、原子・分子の振る舞いをシミュレートする量子化学計算は量子コンピュータの有望な応用先とされ、数年先には実用的な計算ができ始めるだろうと言われています。


(出典:QPARCホームページ https://www.qparc.qunasys.com/、
親記事:BCGレポート https://www.bcg.com/publications/2018/next-decade-quantum-computing-how-play.aspx)

 そんな中、量子コンピュータの応用に関するコミュニティ「QPARC」の第1回基礎コース勉強会が先日スタートしました。QPARCは材料開発の第一線で活躍する国内の研究者が集い、量子コンピュータの実用の可能性を世界に先駆けて発掘するためのコミュニティです。弊社もこのコミュニティに参加しており、本ブログでは、QPARC勉強会の概要や個人的雑感等を簡単にレポートしていきたいと思います。また折を見て、量子コンピュータの原理や応用、国内外の動向等についての紹介記事も書いていければと考えております。

QPARCとQPARC勉強会とは

 QPARC (Quantum Practical Application Research Community) とは、量子コンピュータ応用のための産学連携コミュニティで、QunaSys(キュナシス)社というベンチャー企業が運営しています。その目的は、前述の通り、材料開発の第一線で活躍する国内の研究者が集い、量子コンピュータの実用の可能性を世界に先駆けて発掘するためのコミュニティであり、特に、直近の応用先である量子化学への応用を中心に、勉強会や情報交換等の交流が定期的に催されています。QPARCホームページにもありますように、このコミュニティには国内外の多数の一流企業が参加・参画しています。

 QPARCの取り組みの一つとして技術者向けの勉強会があり、量子コンピュータに関するスキルの習得や実応用の探索・発掘を目的に活動しています。先日行われたのは、その基礎コースの第1回であり、量子コンピュータとその量子化学計算への応用の基礎理論や発展手法について理解することを目的としています。

  • 講演内容

・開会の挨拶(QunaSys CEO 楊天任様)

 QunaSys社の取り組みや、QPARCの目的、コミュニティへの想い等を簡単に述べられました。

・量子技術イノベーション戦略(文部科学省量子研究推進室長 奥篤史様)

 我が国における量子コンピュータのハード・ソフト開発に関する概要と簡単なロードマップが示されました。そこでは、量子コンピュータを国の重要な基盤技術として位置づけ、その中でも量子コンピュータを用いた量子化学計算を重点課題の一つとすることを述べられました。

 なお、重点課題となる量子コンピュータハードは超電導量子ビット方式であり、他の方式(イオントラップ・光量子ビット等)のロードマップは未決定とのことでした。

・量子コンピュータの現在とこれから(大阪大学教授 藤井啓祐先生)

 量子コンピュータのハード・ソフト・歴史等の概論について講義されました。概論ですので、立ち入ったお話はありませんでしたが、初心者にもわかりやすく、とても丁寧な講義だったと思いました。

 個人的によく理解できたのは、キュビット数とコヒーレンス時間の関係でした。量子コンピュータの性能を表す数値としては量子ビットの数(キュビット数)がよく挙げられますが、実際はこの値だけでは量子コンピュータの性能は正しく評価できません。というのも、量子ビットへのちょっとした外部刺激により簡単にエラーが起きてしまい、エラー率が高いといくら量子ビットが多くても使い物にならないからです。そのエラー率と深い関係にあるのがコヒーレンス時間であり、大雑把に言えば「キュビット数=データ量、コヒーレンス時間=データの信頼性」とまとめることができます。IBMが提唱している量子コンピュータの性能指標「量子体積」は、このキュビット数とコヒーレンス時間に深く関係する量であると思います。

・量子コンピュータで行う化学計算(大阪大学准教授 水上渉先生)

 量子化学計算の目線で見た量子コンピュータソフト技術の現在と未来について講義されました(こちらも概論ですので、詳しい原理解説のお話はありませんでした)。よく調査され、わかりやすくまとめられたスライドが非常に印象的でした。

 量子化学計算に必要なキュビット数は約200キュビット~と言われていますが、古典コンピュータと組み合わせることで、200キュビットよりもっと少ないキュビット数でも活躍の場があるため、近い将来での実用化が期待されます。現在の量子化学計算では密度汎関数理論(DFT)という方法が主流ですが、これは計算時間に対する計算精度のコストパフォーマンスが高いためです。しかしこのDFTでは精度が悪く、上手く計算できない分子系が存在することもよく知られており、そのような分子系の精密量子化学計算に、量子コンピュータ+古典コンピュータのハイブリッド計算が有望視されています。

・Quantum Computing at Google(Google Mr. Markus Hoffmann)

 Google社における量子コンピュータのハード・ソフト開発と産業界への期待について講演されました。講演内容をきちんと理解できたわけではありませんが、現在~近い将来の主流となる、誤り訂正なし量子コンピュータ(NISQ)よりむしろ、もう少し将来の話となる誤り訂正あり量子コンピュータの方を重要と捉えているように見えました。